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「異邦人」久保田早紀:DTMアレンジ版

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Cubase + Vocaloidによるコンピューターミュージック 私家アレンジ版)

 

異邦人

これは大ヒットしましたね。

蜃気楼の向こうにラクダの群れ 黒いベールの女。イントロから鳴り響くアラビア風の旋律と民族楽器。

シルクロードのテーマですよ。

うろ覚えですが そんな記憶がまだ浮かぶくらい エキゾチックな映像と音が 不思議な歌の世界をくっきりと表現していましたね

それに加えて 久保田早紀

久保田早紀さんの動画 - ☆♪☆ 鉄のみゅーじしゃん ☆♪☆

一般的なアイドルとは明らかに一線を画した フランス人形のように清楚な少女が 澄んだ上品な歌声でピアノの弾き語りをする。これらが相まって あれよあれよとヒット街道を驀進していったんですね。

ところがですよ。作者でもあるその少女 久保田早紀が最初にイメージしていた音楽と 完成品レコードとは だいぶ違っていたようなんです。この曲の放つエキゾチックな独特の世界観は 繊細な少女の不思議な青春に シルクロードという大人の目論見が絶妙に混ぜ合わさって生まれた幸福な?結果だったんです。
ここではそのお話を。

 

何より この曲を売り出すにあたっては 家電メイカーとレコード会社とがタイアップした宣伝キャンペーンだったこと つまりこの曲は 新商品テレビのコマーシャルソングとして大々的に押し進められたということです。

まず コマーシャルのテーマがシルクロードと決定された。そして冒頭述べたように それに沿って映像も中東の風景が採用された。そしてそのイメージソングとして採用されたこの曲も 当然のように アレンジ 楽器編成ほか シルクロードを強く訴えかけるアラビア風なものとして作り上げられていった という具合でした。

実際 この「異邦人」という曲の世界感を決定づけているのは ズバリ イントロです。
♪ビリャリャリャ ビ~リャ~リャ~ ・・・♪ 
いきなり イントロの駆け上がるような旋律と鳴り響く民族楽器。一瞬にして異国の地へ連れ去られてしまいます(そしてこのアラビアンテイスト?が 間奏にもエンディングにも散りばめられ 曲全編を支配している)

一般的にあまり語られませんが 曲の音楽性とか世界観を決定づけるのはアレンジなんですよ。活かすも殺すもアレンジ次第。『印象的なメロディ』と言っても 分析してみれば その「歌声」に惹かれたり 「楽器の音色」に魅せられたり あるいは「ハーモニィ」や「リズム」という "聞こえてくる音楽"に反応するわけです。ポツポツと旋律音だけ繋げられてもいい曲とは感じない。「作詞・作曲」というクレジットはよく見かけますが そういう意味では「作曲」よりも「編曲」の方が重要なんですけどね。
(バッハもモーツアルトも ハイドンもベートヴェンも 自分の曲に民謡の旋律や他人のモチーフをたくさん取り入れているんですよ。それをどう味付けするかが勝負なんですね。そしてクラシックの作曲家は全員 同時にアレンジャーでもありますから)

この異邦人をあらためて聞いてみると やっぱりアレンジがスゴイです。イントロから爆発的にアラビア民族楽器が鳴り響き そこへ雄大なストリングスがかぶり 歯切れの良いピアノのシンコペイションが心を掻き立てる。もう エネルギィのほとばしりですよ。この辺り 絶妙なんですね(ちなみにレコーディングのピアノは羽田健太郎だそうです。『おー そうだったのか!』)。遠いアラブ世界のエキゾティシズムへのいざない。う~ん アレンジャーのセンスと力量ですね。

 

ところで 久保田早紀は"Fado"が好きだったのかもしれないという話。

"Fado"とは ポルトガルの大衆音楽のことです。きっと酒場とかお祭りとかで 日常的に歌われる庶民に密着した音楽なんでしょう。
イタリアのカンツオーネ アルゼンチンならタンゴ ブラジルにはサンバ...。
そのFadoの有名な曲に"Maria Lisboa"というのがあって これが『異邦人の元ネタなんじゃないか』という説を見ました。
聴いてみると 確かに雰囲気がソックリです。響きはちょっと違うんですが 旋律が似ている。それに展開も メイジャーとマイナーが随所で入り混じる感じが確かに似ているんですね。

アラビアンテイストあふれる異邦人のアレンジですが もしかすると 久保田早紀自身が元々"Fado"に興味をもっていたという下地があったのかもしれません。

あちこちの記事を拾うと このような民族音楽については 彼女のお父上が仕事でアラブに赴任していた関係で あちらのCDなどで親しんでいたんだとか また異邦人にまつわるティレクターだかプロデューサーだかに勧められたという話もある。実際 その後のアルバム制作でも わざわざポルトガルへ行ってFadを取り入れた曲を収録してもいる。

 

そして「異邦人」という題名。

久保田早紀がオリジナルとしてもっていたのは「白い朝」というものだった。しかしこれを シルクロードという企画に絡めて「異邦人」と変更させたのはプロデューサーだったんだとか。

また歌詞の中で 「市場へゆく」「石畳の」「祈りの声」「ひづめの音」「歌うようなざわめき」などの言葉は なんとなく中東の雑踏をイメージさせますよね。しかしこれらは久保田早紀の言葉だったんでしょうか。きっと 同じように周囲の助言によって 後から付け足されたワードなんじゃないかと想像しています。

さて こうして出来上がった映像と音楽は ラジオ テレビを通じて盛んに流された。アラブの風景とともに この「異邦人」が人々の目と耳に流れ込んだ。
「異邦人」=「アラブ人」 
「アラブを旅している異邦人」=「私」
このようなイメージが刷り込まれたわけです。見事なイメージ戦略ですよね(はたして肝心の?テレビは売れたのか)

音楽業界と企業活動のタイアップという一大キャンペーン。その奔流に揉まれながら しかし 18歳の少女が見ていたのはまったく違う景色でした。自分の住む国立や八王子の街の風景に重ねて 青春の未熟さや不安 疎外感や孤独感 淡い恋 もどかしさを見ていた。出来上がった「異邦人」とは真逆の むしろ静寂の世界だったのではないか。
「異邦人」というワードが 周囲の助言だったのかどうか。しかし日常と乖離して密やかに浮遊するそんな自分を 彼女自身が「異邦人」と表現したとしても 不思議ではありません。結果として そのワードが 別の意味で取り上げられたということかもしれませんね。

 

久保田早紀 本名久米小百合さんは 現在 歌を通じてキリスト教布教のために 教会その他で活動なさっていらっしゃるようです。上で幸福な結果と書きましたが はたしてそれは ご当人にとってはどうだったのか。大人の都合 それも芸能界という 損得と結果の成否という価値観の世界でもみくちゃになったんでしょうから 少なくとも当時の彼女にとっては本意ではなかったでしょう。しかし本意だけで生きてこられる人は稀です。不本意も 振り返ってみればそれなりの財産となって今があるのだと思います。

 

というわけで もしテレビCMとのタイアップがなければ 全く違う「白い道」が生まれていたかもしれない というお話でした。