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「仰げば尊し」私家アレンジ版

youtu.be

Cubase + Vocaloidによるコンピューターミュージック 私家アレンジ版)

 

以前 別の場所で書いた記事です。 

仰げば尊し』なんて 今じゃ歌っている学校は 極端に減ってるでしょうね。この界隈じゃあ かれこれ数十年聞いていないような気が。
自分自身でさえ歌ったかどうか記憶は遥か彼方。

この歌 何歳くらいまでの人が知っているんでしょう。

さて
日本人(ある一定年齢から上の人たち)なら誰もが知っている この卒業式定番中の定番の歌。
実は これには原曲があったんです!

“Song for the Close of School”

というアメリカの歌です。

しかもメロディはまったく同じ。イジっていません。
つまり 原曲というより 日本語歌詞をつけたアメリカの歌だったんです。

日本の研究者(桜井雅人一橋大学名誉教授)が2011年になって発見したという。
世紀の大発見なんですと。

へーッ! 今回初めて知りました。

仰げば尊し』は唱歌なので 基本的に作者不詳です。
(というより国の方針で 詞も曲も委員の合議制が前提であり 特定の作者がいなかったか いても名は伏せられていた)

しかし研究者はそれぞれの作者が誰なのか ずっと探求し続けているんですね。
日本の音楽史研究者の間では この曲の作者については「最大の謎」とされてきたようで 先の桜井教授は その元をついに突き止めたというわけです。

1871年 アメリカ国内で発表された音楽教材の中の1曲だったということですが アメリカでも無名の曲らしく よくこんなものを見つけたもんだと感嘆しますね。研究熱心というか執念というか。

そこで 4部合唱のそれを聴いてみると なるほど古きアメリカの安定したスタンダード感をもった響きがします。
YouTubeでいろいろ聴けますよ)

(昔は)日本の卒業式歌として誰もが?歌い 日本に馴染み切ったように感ずる『仰げば尊し』ですが これを知った今となって思えば やはりこの歌は日本の旋律ではないですね。明治のころまでの日本の歌とは違う。

例えば 有名な小学唱歌に『ふるさと』がありますね。
‶日本の名歌〟とか “日本人の心のふるさと〟などとも言われている。

しかしこれも 作者が確定されていないながら それまでの日本の歌とは趣が違い 西洋風な響きを持っています。

『ふるさと』についても いろいろと研究されてはいますが 公式にはもちろん 研究の経過でもまだ確証がない(傍証や証言はいろいろある)。

今のところ 作曲は「岡野貞一」が定説とされていまして ほゞ間違いないだろうと思いますが異論もある(合議制だったという点において)。

岡野貞一。
この人は敬虔なクリスチャンでした。
若いころから教会でオルガン演奏の手ほどきを受けたり 讃美歌に親しんだり。長じてからも 東京音楽学校(現・芸大)に進み そのまま教授まで務める傍ら 長く教会のオルガニスト聖歌隊の指導もしたという 深く讃美歌音楽に携わった人です。
ですから この人の感性には讃美歌の響きが沁み込んでいたでしょう(音楽理論的にも)。

明治のころ。
文部省は日本の音楽教育に西洋音楽を取り入れようと考え 小学唱歌を編纂した。
「東西二洋の音楽を折衷して新曲をつくる」というのがその方針だったようですが 実際はほとんど西洋音楽に日本語歌詞をつけたものです(『蛍の光』はスコットランド民謡)
そして上で述べたように 小学唱歌の制作・編纂は合議制だったので 「委員」の名簿はあっても「唱歌個々の作者」の記録がない。“教科書〟なので記名は必要ないというわけでしょう。

しかしそれにしても解せないのは 各委員はその“仕事〟を口外しないよう命を受けていた点。
事実 岡野貞一も 唱歌については一切(家族にさえ)話していない。律儀だったんです。

(作詞者については「高野辰之」となっていて 世間的には高野の方が有名ですね。その生誕地である信州・中野には歌碑まで建っています。しかしこれにも異論はある。あゝそうそう 歌碑は岡野の故郷 鳥取にもあることはある)

いずれにせよ
本稿の『仰げば尊し』は まんまアメリカの歌だったわけですが 『ふるさと』にも 日本の旋律とは違った洒脱さを感じます。
もし作曲者が岡野貞一なら頷ける雰囲気をもっているのが『ふるさと』という歌です。

(ちなみに早稲田の『都の西北』はエール大学の学生歌だったとか)


(これも私家版アレンジ)

 

ところで
“Song for the Close of School”の楽譜には
作詞者T.H.BROSNANの名はあるのに
なぜか曲の方は”H.N.D.”とだけ記述されています。そしてこれが誰だかが不明で 未だ研究中とのこと(別に「ヘンリー・サウスウィック・パーキンズ」という記述もある)

歌詞の内容は
題名からしてズバリ「学校の終わり」「別れ」を歌っています。

「教室」「級友」「胸がいっぱいに」「涙が溢れる」「甘い悲しみ」など まさに「別れ」です。
加えてそこはやはりアメリカらしく 「神が招くまで」とか「讃美歌」とかの歌詞も。
とまあ 詞も曲もごく素直でオーソドックスな雰囲気です。

ところが
それが日本に入った途端 「我が師」を「仰ぐ」とか「尊し」とか 一変して封建的な思想が籠ります。
それと「身を立て 名を上げ」られるよう「励めよ」と "立身出世"を人生の目的とするよう意味づけしています。
女性の社会進出がほとんどなかった時代を考えると 男子しか念頭になかったということでもあったんでしょう。卒業生の女の子はどう感じて歌っていたのか。
(『ふるさと』でも 「志を果たして…」と歌っています)

 

仰げば尊し』が歌われなくなった要因には この封建的な歌詞の内容も問題ありなのかもしれませんが 単に古くなってみんなが飽きたということかもしれません。
君が代』「日の丸」が天皇崇拝の旗印として押し通されても 疑問すら感じない若者もほとんどでしょうから。

(公立学校の式典では「日の丸」掲揚と『君が代』斉唱が義務。従わない教職員は処罰されるという専制的姿勢にも さして強い反発はない)

しかしまあ こんな意味は子供のころ まったく意識していませんでしたから 単純に “懐かしい〟だけでいいのかも知れません。

ノスタルジィとは 歌詞の意味のみにあらず それこそ音や響き さらにはその時代の雰囲気 自分の境遇 周囲にいた家族 友だち 学校 授業 部活 楽しかったことばかりでなく 苦い出来事をも含めたすべてが総動員された中に包み込まれることですから。

というわけで 今はもう歌われなくなった『仰げば尊し』にまつわる話でした。